(株) ヒグチ設計

2026.1.1 
中野駅前エリアの再開発における一提案

”ナカノカナ”構想。中野駅前を「街を動かす起点」へ。周辺の再開発や商店街と文化施設をつなぐハブとして再構築する。低層・中層の開かれた空間に、公園・道・建築を立体的に構成し、人が集い回遊する駅前エリアを目指す。世代循環のための機能、店舗移転の機能など駅周辺の段階的更新により、都市の防災とにぎわいを両立させる。中野サンプラザの精神を継承し、文化が生まれ発信し続ける、中野らしい未来像を検証する。 

【内容】

①基本理念

 駅の改札を抜けると森がある。みんなが利用出来る公園がある。そこは世代を超えて人々が交流し、まるで人の波が寄せては返す交差点(ジャンクション)の様に機能する。行き交う人々の熱量が地層を隆起させ、まるでそこが何かの震源地のように、または文化の発信地であるかのように建築が存在している。そしてここに降り立つ人々に、まるで自分が舞台の主人公になったかのような、そんな影響を与えたい。

 これが私の考える駅前再開発の在り方である。

 中野駅周辺では駅前エリアのみならず、多くの再開発案件が進行中である。囲町エリア、中野2丁目、3丁目、4丁目、そして行く行くは中野5丁目エリアにもその波紋は伸びていく。それらの再開発エリアを結びつける中心的役割を担う機能が駅前エリアには求められている。また当然ながらすでに開発済みのセントラルパークエリアをより活かす計画でなければならない。

 そこで駅前エリアが主役になる再開発ではなく周辺のエリアをより活かし、地域がより活性化するような名脇役的なポジションを目指すため、低層・中層規模程度の再開発を提案したい。

 駅前エリアを比較的低く構成することで、それを中心に周辺がすり鉢状のように高くなっていくランドスケープとする。駅前レベル(南北自由通路レベル+48)から四方八方が見渡せる状態となり、人々の意識は自ずと外へ向く。結果、周辺のエリアはより際立つ存在になっていく。

 また駅前レベルから各エリアを結ぶ歩行空間を整備し、東西南北へ移動の自由性を高めることで、それぞれ単独的に進んでいる再開発を結びつけるバイパス的役割を担い、中野駅周辺一帯を活性化させることが可能になると考える。

複数の再開発エリアを繋ぐ緩衝体的な再開発、そして中野区全体に影響を波及させるために何が出来るのか、その施策等を以下に記す

②立体公園都市制度、立体道路制度の活用

  駅前エリアの再開発は中野区役所の移転に伴い、サンプラザと旧中野区庁舎を同時に解体し一つの街区とすることで、その整備が可能となった。新庁舎は従前中野体育館であったが、この中野体育館は平和の森公園の一部に移転している。すなわち、元々公園として利用されていた平和の森公園敷地の一部が体育館となることで駅前エリアの街区は整備された。結果、区内の公園面積は減少したことになり、これを駅前計画において補填することは、ある種必然的な事と考える。なお23区内での1人当たりの公園面積を比較すると、中野区は22番目と下位に位置しており、都市公園法において市街地で5.0㎡/人の目標値を定めているのに対し計画値で1.09㎡/人しか存在していない(令和7年東京都公園調書)。とは言え、中野駅前という希少な空間を公園機能のみとすることは極めて不利益だと言わざるを得ない。

そこで立体公園都市制度の導入を提案したい。

  2004年の都市公園法改正において導入された制度であり、都市の限られた空間を有効活用するため、公園区域を地下や建築物の屋上などに立体的に設定し、商業施設や駐車場など他の機能と一体的に整備する。渋谷区の宮下パークはこの制度により計画されており、薄暗く治安の悪かった宮下公園を明るく開放的なものとし、若者や国内外の利用者など、多くの人々が集いやすい空間に刷新した国内でも代表的な事例である。この制度を導入し人々が集える賑わいの場を創出することで、中野駅前に新たな価値を生み出す事が出来ると考える。

  駅前エリアにおいては、中野通りからけやき通りに抜ける補助223号線の整備、エリア南西部の新北口駅前広場においてはバスターミナルやタクシープールの計画など、新たな道路整備が行われる予定である。しかし、希少な駅前空間を一次元的な使用目的のみに限定することが果たして適切か、と考えると否であると言わざるを得ない。機能の集積と本件においては面的な広がりのある再開発を主眼とする上で、駅前広場も補助223号線上部も建築可能範囲の一つとして検討すべきだと考える。

そこで立体道路制度の導入を提案したい。

道路の用地確保が難しい都市部で、道路と建築物を一体整備し、土地の高度利用と都市機能の向上を図るもので、道路法、都市計画法、建築基準法を連携させて運用する制度である。事例としては虎ノ門ヒルズが代表的であるが、これにより駅前エリアの再開発はより立体的なものとなり、バスターミナルなどの上部に建築物が出来ることで、縦動線を結ぶアーバンコアを設け、雨の日などの利便性や交通インフラのアクセシビリティの向上に大きく寄与する事が可能となる。

③託児所(一時預かり所)と高齢者施設の計画

つくばエキスプレス、南流山駅やおおたかの森駅には送迎保育ステーションが設置されている。幼児の一時預かり所であるが、親は朝子供をこの保育ステーションに預け、そのまま電車に乗って出社する。預けられた子供たちは、保育ステーションから幼児バスに乗って地域の保育園に移動する。夜、各保育園から保育ステーションに子供たちは戻り、迎えに来た親と一緒に家に帰る。共働き世帯が増えた忙しい現代社会において極めて有益な施策であり、このようなサービスの実施に伴って流山市に住むファミリー世帯は急増した。

中野でも同じことは出来ないだろうか。現在、中野区内の一戸建てやマンション価格は上昇し、新築の場合1億以上となることも少なくない。1億の家を住宅ローンで購入するためには融資上一般的に、世帯年収で15001700万以上は必要となり、一般家庭においては共働きでないと成立しない価格帯となる。また1500万以上の世帯年収のある家族が中野に魅力を感じるか、という問題もある。その位の家族であれば、湾岸エリアのタワーマンションに住みたい、という人の方が多いのではないだろうか。

いずれにしても希薄となっているファミリー世帯を増やしていかなければ、中野区の住民構成は高齢者と若者だけになっていき、間の世代が抜けていってしまう。これは構成人員を2050代の層を基盤としていきたい町会やPTA、消防団や自治会などの組織体においては由々しき事態でもある。

  以上の理由から、ファミリー世帯を増やす魅力の一つとするために駅前エリアにおいて保育ステーションなどの託児所(一時預かり所)機能を付与することを提案したい。

  区内における木造密集地などにおいて、旧耐震物件に住む居住者の大半は単身の高齢者である。多くの方々が年金暮らしとなっており、耐震化するための建設費用は持ち合わせていない。耐震性が悪く脆弱な家であることが分かりながらも、他の場所に住み替えることも出来ず、現状のまま今を過ごしている高齢者が大多数である。この状況のまま仮に大規模災害が発生した場合、建物が壊れ居住者が死傷するのみならず、建物の倒壊により道路を塞ぎ緊急車両の通行を阻み、そのがれきに火災が延焼していくことで二次被害が拡大していく、という話は周知の通りである。

  そこで上記のような環境下にある区民向けの高齢者施設を駅前エリアにおいて設置することを提案したい。ただし条件として、居住している既存不動産の売却を入居条件とする。

  売却益で施設入居の費用を賄い、同時に売却された不動産は新たなファミリー層が購入する事で耐震化、新築されていく。接道条件が悪い、いわゆる再建不可物件などは、一度行政やURが買取り、それらをまとめて区画を再編出来れば、その後民間に払下げ、マンションなどのより耐火性のある建築とすることも可能になる。このような施策がファミリー層拡充の一助となり、住民構成バランスの改善に繋がっていく。

  高齢者施設への入居に抵抗を示す方々もいるだろうが、駅前エリアという利便性の良い場所であれば、住み慣れた環境の近くであれば、その抵抗感も少し和らぐのではないだろうか。

  いずれにしても都市の更新を図るための施策は中野区においては急務である。

  中野という街は、人が生きていく上で大切な住・遊・稼の要素を満遍なく包括した街であり、高度にサラリー化した現代スタイル以外の生き方を与えてくれる稀有な場所だと思う。都心3区のような華々しさはなく、城西エリアのような閑静な住宅地という場所でもないが、都市要素を包括的に内包した「都市内型コンパクトシティ」という立ち位置が最もフィットするエリアではないだろうか。

  必要となる都市要素を満足するため機能を拡充し、それをあえて駅前エリアに設けることが、中野の魅力を発信する一助になる。

  そしてこの都市内型コンパクトシティという考えは、中野と同じようなポジションにある都心の外郭自治体にも共通して言える概念であり、中野駅前を含む一体の再開発は今後一つのモデルケースになり得ると考える。

④中野5丁目エリア、サンモール・ブロードウェイ等の更新を目的とした店舗移転用地としての利用(面的開発を連続させる)

  中野駅前付近では再開発案件が多数進行中であるが、中野の都市更新において最終的な本丸は中野サンモールやブロードウェイ、そしてふれあいロードや昭和新道などの地区内側エリアをどのように更新していくか、という点である。

  中野サンモールは、その通行量の多さから工事車両の搬出入が夜間から翌朝までに限定されているため躯体工事が完全に夜間工事となる。上部がアーケードのためラフターやクレーンなどの荷揚げ機の使用が難しく、建築の建替えにおいて様々な問題を抱えている。沿道建物の更新は昨今行われておらず、今後その更新が課題となることは間違いない。ブロードウェイの更新も、そのタイムリミットが迫っていることは周知の通りであるが、極めて複雑化した権利問題やコンセンサスの確保が難しい等の問題からなかなか進まない。地区内側も前記同様の問題を抱え更新が難しく、加えて道路幅員の狭さから防災上の懸念があることは言うまでもない。

  そして何よりも商店主側の立場を鑑みると、解体から竣工まで1年もしくはそれ以上の期間、お店を閉め業務を停止しなければならず、従業員の生活や顧客離れなど、そのリスクは多岐にわたる。

  そこで駅前エリアで供給する店舗部を移転用地とし、サンモールや地区内側の商店の方々に集団的に移転してもらう。まとまった敷地を開発し、同時にサンモールや地区内側の建替えが進みやすくなるよう、道路幅員の拡幅(5.5m程度)や、公開空地を建替え時の仮設用地にする、など周辺建物の更新がしやすい環境整備を行う。また、一部開発によって生まれた新たな店舗床に今度はブロードウェイ内の店舗には移転してもらい、最終的にブロードウェイの更新が行いやすい環境整備を整えていく。

  駅前エリアを敢えて店舗移転用地とすることで、再開発を単独の点で終わらせず面的な開発を連続させ都市の更新を図る。もちろん、界隈性や賑わいの雰囲気は残すべきであり、それこそが中野の魅力であることから、全てを開発用地とするべきではない。しかし更新がしやすい、防災上の不安を払拭する、という現在抱えている問題の解決が可能な範囲で対策をとることは絶対にしていかなければならない。そのきっかけを駅前エリアから波及させていくことが、中野の未来の可能性を押し広げていく施策に繋がるのではないかと考える。

⑤サンプラザ機能の継承と文化発信の中心地として

  駅前エリアの再開発において必要な機能を考える時、多くの方のご意見として伺うのはサンプラザ機能の継承である。主だった機能としてはホテル、イベント会場、会議室、レストラン、オフィス、運動施設、そして何よりもコンサートホールである。

  ホールの収容人員を何人規模とすべきか、という議論が当初より話題の中心にあったように思うが、大切なことは規模が云々ではなく、「コレ」をしたいからどの程度の規模が必要になる、という「何をしたいのか」という観点と、このホールだから利用したい、と思わせるような他者との差別化や特異性である。

中野サンプラザコンサートホールは区民、そして何よりも多くのアーティストの方とそれを支えるファンの皆様に愛され、長く大切に育まれてきた結果、それが文化発信の拠点となり聖地となった。新しく生まれるホールも、その精神を引き継ぎ、人々を魅了する空間として存在するのであれば、規模云々はさして大した問題ではないように思う。

新たなランドマークとなる駅前エリアの再開発においては、サンプラザが醸成してくれた文化発信の拠点としての地位を継承し、それをより発展させていくための機能と仕掛けが必要になる。この点においては有識者、区民、利用者、そしてアーティストの方々と議論を重ね、多くの意見を集約して結論を導き出して頂きたい。慎重な検証とマーケティング、そして積み重ねられた議論の末に最大7000人規模となるのであれば、それは尊重すべき結論であると考える。

人が集まり街ができ、街が集まって都市ができた。人が集まることで活動が活発にはなるが、同時に相応のルールや決まり事が必要になる。その中で利便性や快適さ、豊かさを求め都市という人間の住処を我々は育んできた。言うなれば都市とは人間の英知の集積であり、それはまさしく文化であると考える。だからこそ、都市の中心地においては文化を発信する機能を持っていて欲しい。

駅前エリアにおいても同様である。

今回の計画で住居を検討していないのは、そこに発信力を持たせたいからであり、その機能として住居は不向きであると考えたからだ。確かに事業採算性に則って考えれば資金回収が早く、事業計画が安定するレジデンスが欲しいという気持ちは大変良く分かる。しかし、中野駅前という多くの人たちが行きかい、みんなが集まる大切な場所に特定の者を対象とした機能を持たせることが果たして本当に適切だろうか。

 

サンプラザは元々、全国勤労青少年会館だった。勤労者福祉施設として福利厚生の格差を是正する目的で整備された、教養、文化、体育、レクリエーション等のための施設である。時代の変遷とともに求められる機能は変化しているが、この概念も継承するのであれば、小規模でも美術館や公園、教育の場、運動施設など人が集まれる場、人と人をつなぐ場を提供し、ここから文化が発信される、そんなイメージを多くの人に持ってもらえるような計画になって欲しいと切に願う。

⑥終わりに

  20256月、中野駅前再開発計画は残念ながら白紙に戻りました。何もなくなってしまった中で、逆に言えば誰が何を考えても自由、ということに気づき、今回の計画案作成に着手しました。

  無論、この計画が最も素晴らしいなどという気は毛頭なく、検討しきれていない内容も沢山あります。あくまでも一つの方向性としての提案をビジュアライズしたに過ぎません。

ただ、私を育ててくれた大切な街の未来を考える中で、また設計という仕事に従事する者の一人として、何かメッセージを残すことが出来たら、一つの方向性を示せたら、という思いのもと、検討を重ねてまいりました。

  1996年、弊社会長であり私の父樋口修は、仲の良い友人であり元千葉工業大学教授の故井村五郎氏と共に中野駅ブリッジ計画を提案しました。JRと中野通りにより分断されたエリアに橋を架けることで相互の交流を活発にし、地域がより活性化することを願い作られた計画です。

  それから30年、2026年を迎える年に私がこのような駅前エリアの提案をすることは正直考えていませんでした。「親子揃って勝手なことを」とお𠮟りを受けてしまいそうですが、我々設計者の本分は、未来の方向性を示すことです。指し示された方向性、その可能性に賭けて、施主は心を決めていきます。

  今回の提案で私が望むのは、腰を据えて未来を考えよう、という空気感を生む事です。遅すぎてもいけませんが、急ぎすぎてもいけません。

建築にベストの解答は存在しません。絶対評価ではなく、常に相対評価の対象だからです。我々は、より良いものは何か、を突き詰める事しかできないのです。その中で何を選ぶか、難しい選択が迫られています。しかし、それを判断し決定していくのは我々一人一人です。

  最後に、本計画案を作成するにあたり、これまで私に多くの知見と考える力を与えてくださった青山先生や沢山の関係者の皆様方、そして本件資料作成に際し、私の稚拙なイメージのアウトプットに多大な協力をしてくれた大切な友人、

石井 陽 君

船田 林ノ佑 君

そして弊社チーフデザイナー野口真知子さんに心から感謝の意を表し、結びの言葉とさせて頂きます。

 

令和811日 元旦

株式会社 ヒグチ設計

代表取締役 樋 口 丈

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